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2013年7月2日火曜日

大阪港に浮かぶ素敵なドーム

ワンスアポナタイム その頃,大阪になんだか高いビルができてるというので嬉しがりの私は見に来たのです.

根元部分w 写真も1枚では収まりません.

そしてシャキーン!

その名もその名もワールドトレーディングセンタービルディング(当時)! 設計:日建設計(1995)
このビルでいったいどんなワールドワイドなトレーディングが展開されていたのでしょうか.

でもこの西日本一高い展望台からの眺めは良いな.良い良い.


ん? あそこに見える黒っぽいもじゃもじゃは何かな? きににゃるにゃw
ここまで1999/8に散歩

そして10年後.

じゃーん! できてます!! ここは,なにわの海の時空館!!!

光あふれる時空ドーム.


海を隔てて六甲の山並みも見えます.



設計はフランスのポール・アンドリュー.
シャルル・ド・ゴール国際空港,ドバイ国際空港のターミナルビルなども手がけています.
設計者のweb→
http://www.paul-andreu.com/pages/pages%20fiches/67-Sea%20Sphere%20d'Osaka.html
海に浮かぶ宝石のように美しいですね.

結構大きなお船がドームにすっぽりと!





これは菱垣廻船「浪華丸」の復元建造船.
菱垣廻船とは 元和5(1619)年に堺の商人が紀州の船を借りて,大坂から酒・酢・醤油・木綿などの生活用品を江戸へ送ったのが始まり.(ウィキペディアより)

ここまで2009/8に散歩

中井正弘「菱垣廻船「浪華丸」実験航海記」,大阪春秋 96号(1999)によりますと
国会図書館に残されていた図面を元に種々の資料を取り寄せ研究を重ね復元.当時の工法を用いて船大工15人を集めて1年3ヶ月かけて建造した.当時とまったく同じ船を造るため,ケヤキ・スギ・ヒノキ・マツ・カシなどの大木を奈良県東吉野村などに求め,国内でもはや手に入らない物は,中国まで行って調達.使用木材の総量は150t,建造費10億円の半分を木材に費やした,とあります.

菱垣廻船「浪華丸」
1998/4 着工
1999/7/12 日立造船堺工場にて進水. その後8/1まで大阪湾内を実験航海.
1999/10/24 「なにわの海の時空館」予定地に搬入.


全長29.9m 帆柱27m. 図も上記,中井正弘「菱垣廻船「浪華丸」実験航海記」より.

なにわの海の時空館は,直径70m 最高部35m つまり半径35mの半球ですね.
サイズからして菱垣廻船「浪華丸」を収納するために設計された建物といっていいでしょう.


今日の元WTC(現,大阪府咲洲庁舎).

大阪市立海洋博物館 なにわの海の時空館 閉館しました



敷地内には古代船を復元した「なみはや」も展示されています.屋外展示なので今でも見ることができます.


全長12m 高さ3m
1988春 大阪市平野区の長原高廻(たかまわり)古墳から舟形埴輪が出土.
大阪市制100周年として舟形埴輪のモデルとなった古代船を復元し,「倭の五王」時代の航海を再現することが決定.
1989/1/19起工式 5月末完成.
1989/6/19-23 大阪市役所前で一般公開.
1989/7/8-8/11 大阪から韓国・釜山まで試験航海.

科学する邪馬台国 古代の船と航海ルート
http://inoues.net/science/war.html


陸地側にあるエントランス棟.


閉ざされている内部.

手前がエントランス棟,奥が展示棟の時空ドーム.


逆から見たところ.エントランス棟から入りエレベーターで地下に降り海底トンネルを歩いて展示棟へという導線でした.

今日も菱垣廻船「浪華丸」をお守りしています.


黄昏時.

ちゃんとした写真,中の様子などはここのブログに記事になっていました.
最初で最後の「なにわの海の時空館」へ by 気まぐれblog
http://blog.livedoor.jp/miz0001/archives/52065654.html

菱垣廻船,実験航海中の写真は下記に多くありました.
菱垣廻船と天下の台所・大坂の役割 by 海と船の写真展
http://www.asahi-net.or.jp/~mm2y-inb/Higaki-01.html

ではまた.
2013/6/30に散歩

なにわの海の時空館について
1983/8/25 大阪市制100周年記念事業基本構想の一環として企画
1993 ポール・アンドリュー氏設計.
1998/3 着工.
1999/7 菱垣廻船進水,実験航海.
2000/7/14開館.総工費176億円.(内訳 建設費144億円 展示工事費32億円(うち菱垣廻船建造費10億円))
2010/8/21,22 2010年度の大阪市事業仕分け実施.年間3億円程度の持ち出し.判定は廃止・不要.
http://www.city.osaka.lg.jp/shiseikaikakushitsu/cmsfiles/contents/0000085/85875/2-11.pdf
2013/3/10をもって閉館.
今後の予定は今のところ未定のままでしょうか.

施設単体で採算ベースまで集客増を考えるのは無理があり,失敗した(少なくとも現在のところ)町づくりを軌道に載せないと用途を変えたとしても施設維持は容易ではないでしょう.
何事も身の丈に合ったコスト計画が肝心ということですね.

「よくこんなものを」等と罵声も聞こえるなか,伝統的な建築だけでなく近代建築等にもようやく保存の声があがる時代になってきています.その差はなんなのだろう.いったい何年存在しつづけたら多くの人に価値を認めてもらえ愛してもらえるのでしょうか.

復元船は貴重なものですし,展示内容もためになるものも多くありました.建物は当初の要件,機能を満たした設計(あたりまえだろうが)でしかも美しい.なんとか存在意義を保てる形で再利用したいと思います.来年は大阪市制125周年.


より大きな地図で sanpo osaka を表示

2013年6月7日金曜日

廃線跡をとことこと 旧浪速貨物駅あたりをぶらぶらっと

梅雨なのに雨の降らなさそうな日曜日,こんな日はお散歩びより.
と大阪臨港線の廃線跡を散歩しにきました.
大正駅を下車してとことこと.


なにやら武骨な鉄橋.岩崎運河東橋.


ガードレールに百恵ちゃんぽいシール!

橋に接近! かっちょいい.リベット好きなら歓喜するに違いない.


なにやらこの南市岡の辺はやたらと瓦屋さんが多いです.

しばし適当に歩くと向こうの方になにやら二層構造の鉄橋が!


近づいてみるとなにやら元橋台っぽいものが.

環状線の上下線の間から臨港線へ行く線路が降りてくる構造です.下の道路がちょっと凹んでいたのは有効高を稼ぐためのようです.
この辺が大阪環状線と臨港線が分岐していた元境川信号場です.
臨港線はここから分岐して浪速駅へ,そしてさらに分岐して大阪港駅と大阪東港駅へと伸びていました.

臨港線の先を行くと市岡第二架道橋.

もう橋桁も橋桁防護工もないですけど,ぶつかると連絡はいるのでしょうか?

大正駅方面を振り返ったところ.左に曲がって行く大阪環状線から立体交差でおりてくる臨港線が見えます! 奥には大阪ドームも見えます.


浪速駅方.

さらに次の架道橋跡.ここを通過していたのね.だんだん高さが下がって行きます.えらい高さ低いですね.森の小人くらいしか通れなさそう.


知人に見せて頂いた,休止直後の架道橋.左のビルから同じ地点です.

廃線跡には猫様が似合いますね.目の前を歩いて行かれます!!


と,おもむろにタイヤをしかと!!!
何故か鈴を後ろにつけているのも猫様なりのポリシーでしょうか?

お知らせ この踏切は平成16年11月9日から当分の間使用を休止します.

それから8年半… 長い当分です.


あっ! 近くの商店街のシャッターです.

南市岡11番街でした.


ついに花咲き乱れる線路発見.

断ち切られた鉄路.

防蟻材をしみこませるための傷跡のついた枕木.犬釘の頭.すべてがノスタルジー.

なにやら高低差.左の高い方が西(沖合側),右の低い方が東(内陸側).西の方が後から埋め立てられたので地盤が高いのでしょうか.

昔はここがが堤防だったのかも.

この高低差を境に一気に工業地帯ぽい雰囲気.住宅はあまりありません.用途地域の区切りでしょうか.こっから先の線路跡地はすっかり撤去され再利用されています.


地図発見.JR用地の表記のある細長い土地が線路跡,福崎三丁目の表記があるところや大阪市交通局港営業所(2013/3廃止),佐川航空が旧浪速貨物駅.

三十間堀川に橋梁が残っていました.


橋桁は複線分あります.複線としてはついに使われないままでしたが.

線路のあったところには水門.


アップで見ると線路の形にあわせてゴム製のパッキンがあります.

そしてすぐ横に気笛の合図表示.

確かに昔鉄道があった痕跡です.


お! まだ浪速駅の看板が存在しました!

天保山運河を渡る新福崎橋.


貨物線にもあのあたりに可動橋があったはずです.
ウィキペディアにある当時の写真↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Tempouzan_canal_lift_bridge.jpg

日和橋.貨物線が通っていたところは,新しいコンクリートで塞がれています.

大阪港駅方.


分岐を感じる曲線美.大阪港駅へは歩道部分を直進していましたが,埠頭へ伸びる支線が分岐していました.

難波津橋を渡ったところの旧住友倉庫群(1923).素敵な赤レンガ倉庫!

荷さばきしたであろうプラットホームもそのままに.今でもこの倉庫の間にヤードの線路が見えそうです.


建物外側も線路曲線美なカーブ.


線路はこの先,ぐるっとサントリーミュージアム,海遊館を通って天保山マーケットプレイスのあたりまで行っていたようです.

商船三井築港ビルあたりをうろうろしていると貨物線の上に建てた家だというおじさんに出会いちょこっと話を聞きました.裏に庭があるそうですけどちょっと掘ったら砕石ばかりごろごろ出てくるそうです.

ではまた.
2013/6/2に散歩

下記のブログでも素敵な赤レンガ倉庫が紹介されています.
昭和50年代の大阪港・大阪臨港線(浪速貨物線)風景 by 阿房列車ピクトリアル
http://fuzzyphoto.blog120.fc2.com/blog-entry-1021.html 1983年頃
大阪築港赤レンガ倉庫群 by 旅の一押しスポット
http://iglobe.at.webry.info/201210/article_3.html 2012年の姿


1970年代の航空写真


より大きな地図で 大阪臨港線 を表示