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2015年2月6日金曜日

新大阪駅ぐるり散歩

まむしの兄弟がトラックで疾走した1973年の新御堂筋(再掲).

詳しくは 1973年頃の新開地をぶらぶら を見てね.

2015年はこんな感じ.
かまぼこ屋根は御堂筋線の新大阪駅ホームです.

その上になにやら構造物が.
阪急新大阪駅が見えます. 見えますよねw


計画軌道延長線上から見たところ.お,延長線上には新大阪阪急ビル(2012 設計:日建設計)が.


逆(東)からみたところ.このように御堂筋線新大阪駅を跨げるように建設されていました.

新大阪駅は南北に在来線,その上を東西に新幹線がクロスするように駅が配置されています.
駅の南側に回りぶらぶらと.UFO型の照明灯が見えてきました.


ポールライト,高さ38mから駅前広場を照らします.

ゆるやかな曲線美は


改札階タクシー乗り場からのスロープ.新大阪駅構内駅前広場橋梁.

在来線ホームは5本あり,西から順に1号ホームです.

特急くろしおが停車しています.将来的にはここが延伸工事中のおおさか東線ホームになる予定です.

ふと見ると,なかなかよい歩道橋が.

さっそく登ってみましょう.駅前広場が一望できます.



さっきの1号ホームです.

2号ホームは改装工事のため線路が切断されています.

その右が改装して供用開始したばかりの3号ホーム,京都方面電車線用です.なんかホームが短こなりましたな.

右が4号ホーム,神戸方面電車線用.

ホーム南端(手前側)近くに使われてない地下道があるのですが,よく見ると降りていく階段に蓋がされ,上屋も短くなりました.

2012/9の4号ホーム 地下道への入り口があり,その奥(南)には荷物用エレベーターもありました.


地下道からは怪しい光が漏れていました.


在来線を西から東に横断してきました.


新大阪駅を行き交う人を見守るカッパちゃん.

新大阪駅東口です.ヒカリビルという名称はひかり号にちなんだのでしょうか.


カクカクした階段.戦前の駅なら流麗な曲線で仕上げてくれたような気がします.


新幹線の北側に出ると,なにやら構造物ができています.また商業施設かな.

地底に行くトンネルを発見.


曲がってさらに先へ行くと


さらにまだあって


さらにさらにまだあって


昭和の探偵ドラマならこの角で待伏せされててやられちゃいますw

くねくね行くと


在来線の西側に出ます.



新大阪阪急ビルの反対側に出ました.

ビルが建っちゃいましたがあのへんをマルーンな電車が走る計画だったのですね.


踏切を発見.横関踏切です.

再び新幹線下をくぐって


南側に出ると,改札階へ登っていく先ほどのスロープの裏側.

改札階のロータリーの裏側.


こんなところに


荷物の一時預かりがありました.南口を出て1Fの東端です.

改札階のロータリー.

昨年開業50周年を迎えた新幹線,新大阪駅です.

今回のぐるり散歩コース

ではまた.
2015/1に散歩

・新大阪駅のポールライト(照明灯)とさいの木神社 by 十三のいま昔を歩こう
http://atamatote.blog119.fc2.com/blog-entry-700.html
円盤部の直径は5mもあるようです.

・弾丸列車の新大阪駅と東海道新幹線の新大阪駅 by 十三のいま昔を歩こう
http://atamatote.blog119.fc2.com/blog-entry-698.html
計画時の阪急新大阪駅資料や,在来線ホーム地下通路について.

2015年1月22日木曜日

桑名の素敵な洋館 六華苑(旧諸戸清六邸)

前回の記事 電車でごとごと とある洋館への旅
http://sanponow.blogspot.jp/2015/01/blog-post.html
からの続きです.

引き寄せられるようにふらふらと近づくと,お姫様が閉じ込められていそうな塔が!
ここは六華苑,旧諸戸清六邸です.

まさに桑名のカリオストロ!! (注 個人の印象です)


ガラスも曲面です.


六華苑(旧諸戸清六邸)は,桑名の実業家二代目諸戸清六の邸宅として,大正2年(1913)に建設されました.わが国の近代建築史上貴重な遺構であり,特に洋館は英国人建築家ジョサイア・コンドルの作品として知られています.
コンドルによる最初の図面では塔は3階建でしたが,近くを流れる揖斐川の風情ある景色を楽しむため4階建とされました.


空襲跡が残る諸戸邸 (米軍撮影)


玄関ドア


ドアのステンドグラス 内側から.


玄関部のタイル


ホール 玄関を見たところ.
この日は箏曲の演奏会が行われており,お琴の置き場になっていました.


ホールの天井


客間 南面のベランダを見たところ.


照明 基部の天井装飾は薔薇のレリーフです.


暖炉
展示されていた酒井一光(大阪歴史博物館)の論文によると,洋館の暖炉には明治30年代から明治末まで装飾タイルが流行したが,大正時代に入ると装飾のない色無地タイルが中心部のアール・ヌーヴォーの植物 文を引き立たせているのが特徴.
(酒井一光「六華苑・旧諸戸清六邸洋館 色無地タイルの品格」TILES 2009/10)


食堂


天井


食堂から客間の方を見たところ.


暖炉


ホールの階段部



手摺子の意匠もかわいらしい.


階段 廻るところの側板が曲線でやさしい感じ.


2Fの塔屋 応接室として使われていました.



窓枠も曲線.



塔屋の3F以上へ上がる階段
残念ながら立入禁止.やはり壁から行かなければw


書斎


書斎の机
家具,調度品は当時のものは散逸し,新たに購入したアンティーク物が多く展示に使用されていますが,この書斎の机は当時のもの.


暖炉


書斎での当主


サンルーム

陽当たりもよく


とても暖かでぬくぬくです.


寝室



洋館に接続する和館の屋根が見えます.


洋館はコンドル(1852-1920)の設計です.


和館の廊下は天井に明かり取りがありました.


建物外観 ベランダ側.


和館との接続部.


敷地内に稲荷社


波波な塀が Hey hey heyっと.



広大な敷地内には蔵もたくさん残っています.


1982年の同じ蔵あたり.
実は私の曽祖父は三重県出身で,ここ桑名の諸戸さんのところで書記の仕事をしていました.明治後期から大正時代にかけてくらいでしょうか.
それで親戚に案内してもらい,この付近を散歩したことがあるのです.以下当時の写真から.


洋館 1982年の様子
当時は公開されていませんでしたので,敷地外から見学.


車寄せがありませんが,1945年の空襲により破壊されました.
戦後は諸戸家関連会社の事務所等として使用されたのち,
1990年に建物は桑名市に寄贈されました.
修復工事により車寄せやステンドグラス等を復原し,1993年に「六華苑」として一般公開が始まりました.


私の曽祖父一家が暮らしていた家も残っており,そのとき見に行きました. 1923年に祖母が結婚して神戸に出てくるまで暮らしていた家でもあります.
1982年当時もう歩けなくなった祖母に,育った家や思い出の洋館を見せてあげようと写真を撮りにいったのでした.
洋館は今でもそうですが当時は尚のこと群を抜く存在で,これらの写真をみて祖母は大変懐かしがってくれました.


あたりをうろつく私(当時17歳).すぐ左がご先祖の家.今回現地では場所を思い出せなかったのですが,


帰ってからストリートビューで見つけることができました.
今は新しい家が建っています.道路右の蔵が,軒先だけちょこっと上の写真にも写っています.
一番奥の突き当たりの道を今回通り過ぎたのでしたw


1982年の桑名駅.


2015年の桑名駅に帰ってきました.

年始から懐かしのご先祖さまゆかりの地を散歩でき,よい散歩初めでした.
ではまた.

2015/1,1982/8に散歩.

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