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2014年11月11日火曜日

懐かしい時代の建物をぶらぶら オープンナガヤを散歩

小雨そぼ降る中,降り立った花園町駅.お,いい具合にアーケードがありました.
サンスーク花園です.
招き猫様が招いています,招かれています.

しばし歩いて5分少々.
なにやら かえる の文字が.


長屋旗までできてる!

ワンダーな長屋,そうカエルハウスに到着.


この日はオープンナガヤ大阪2014!

オープンナガヤとは2014/11/8,9に「暮らしびらき」をテーマとして大阪市内各地の長屋が公開された催しです.

カエルハウスの一室,アジアたてもの文庫では「まちかどのディテール写真展」の第1回として「持ち送り写真展」が行われていました.
「持ち送りとは」

このような感じに全国の持ち送りたちが展示されておりました.

なかなか魅力的なアイテムです.片持ち状の構造をささえる役割とともに,様々な意匠で美しさ楽しさがあふれています.


文庫主のびんみんさんから餅贈られました!!
写真はごま餅.おいしゅうございました!

カエルハウスでは他にも魅力的な展示が行われており,中でも大阪市内の蔵を撮影した写真展はなかなか魅力的でした.市内にもまだまだ残されているようです.他にも大阪の古い絵はがきの展示や針穴写真等かなり見応えのあるものでした.

とことことこと2階に上がり,


物干し場から,お向かいを見ると向こうにも.
今にもマリちゃんがギターを抱え「水色の恋」を歌い始めても何の違和感もありません.
マチャアキも胸熱まちがいなし!

ここにはどんな思い出,出会いがあったのでしょうか,あるのでしょうか.

これからも長くあり続けて欲しい場所です.

では帰りにぶらぶらしよかな.

おお,猫様と遭遇.


早速にゃでられる為の準備体操をしにゃさる猫様w

これでにゃでられまいか,にゃでにゃでにゃあw


にゃでにゃでしまくって,またにゃ多聞ちゃん!

もうひと長屋,新・福寿荘をちら見.

中では賞味期限を超越した山崎パンのオブジェが展示されてました.

そしてさらに,カーズ先生による村野藤吾物件の見学!


この美しいリボンのような曲線美!


あべのアポロビル (設計:村野藤吾 1972)

長屋,近代建築を堪能して見上げればハルカス.冬ですかねぇ,巨大な吐息のように,バホーw

ではまた.
2014/11に散歩




オープンナガヤ大阪2014
http://opennagaya-osaka.tumblr.com/
カエルハウス
http://kaeruhouse.wix.com/kaeruhouse
アジアたてもの文庫
https://www.facebook.com/asiatatemono
新・福寿荘
http://breakerproject.net/project/shinfukujuso.php



2014年11月2日日曜日

モトコーから三宮本通りをぶらぶら ダイエー村がありましたなあ

とある夕方.階段の向こうは黄昏れ時の空が.

ここは神戸・元町高架下商店街,いわゆるモトコータウン.


「古びた恋の… …思い出は買えませんが レコードなら買います」いいですねえ.

ここは丁度JRの高架線の北側に沿って神戸高速鉄道が地下から地上に上がってこようとするところ.

なので微妙な高低差w 2Fに直接入れるようにキャットウォーク的橋が架けられています.
こういうところを二人で渡ると親密度がアップするそうですよw 何効果っていうんでしたっけ? あやしい科学ですなあ.


ちょっと前は国生さゆりがほほえんでいた元町駅前.今はおっさんがにこやかにアンドリューのエッグタルトでお出迎え.

左奥が三宮センター街.


右奥が1本浜側の三宮本通.昔からここの横断歩道は幅が広いです.

今日は三宮本通を行ってみよかな.
お,ここは懐かしい元ダイエー三宮電器館パレックス!


ここに自転車乗り付けてエスカレータ降りたB1がTVゲーム売場でした.小学校高学年になると学校終わって友達どうし集まってここや星電社に乗り付けてました,チャリでw
パレックスは1976,7年頃の開店だと思います.ダイエー三宮第5店.

神戸では星電社がNo1の家電店で後からできたパレックスは若干値段が安かったのでちょくちょくうちも利用してました.
1995年の阪神大震災で休止してそのまま閉店したと思います.


ダイエーが懐かしくなり浜側へ.
元ダイエー三宮第1 店,リビング館(1963/7開店).
震災で被災後,屋台村的な店舗ができたあとはずっと駐車場ですね.震災20年にしてまだ爪痕として残っていると言えるでしょう.


ありし日のダイエーリビング館(右).道路の左のレディス館にもダイエーの看板が見えます. (「グラフ神戸1983/12月号」より 東行きバス道の生田筋のとこからですね)
ダイエーに行こかと言われてもそごうや大丸に比べかなりテンション低かったのを覚えてますw おもちゃ売場と屋上のわくわく感がなかったからでしょうか.

ダイエー三宮第2店レディス館,女館,オフプライス館(1958/12開店).今はクレフィ(2004/10開店)が建ってます.

右に見えてるローソンのビルが漢口堂書店やったとこですね.


漢口堂書店の角を曲がって山側へ向くと,ダイエー三宮第3店(ユニクロ)と第4店(zara)がっっ! 見えた人は間違いなくこうべっこですw

第4店は電器館としてオープンし(多分70年代前半),1988頃にジョイントになってました.
twitterでは震災で残ったダイエー村店舗はパレックスだけとtweetしてしまいましたがこの建物も残っていました.ジョイントとして2007/9まで営業.
南隣(手前側)にあったコスモポリタン製菓(2006/8閉店)と一緒に立て替えてZARA三宮店となっています.

第3店はメンズ館,男館,ゼントハウスなどと呼称が変わってました(1970/10開店).いつのまにかパレックスとの間に橋もできてました.

ユニクロ神戸三宮店として2002開店.

センター街のジョイント.ジーンズが流行り始めたのは小学生になってからでしょうか.今はジュンク堂三宮店となっているこのビルの2-4階がジーニングショップジョイントでした(1977開店).

レディス館,メンズ館とは別の若者向き衣料品店という位置付けだったのでしょうか.ジョイントには三宮ダイエー第x店といったナンバーはついてませんでした,確か.言い切るほどの自信はない,小学生だものw


2Fの窓の形がどことなくダイエーっぽいですね.当時ジュンク堂はこの同じビルの地下にありました.

ダイエーとは外れますが星電パーツってこのビルにあったこともあった気がする(70年代末).パーツ屋さんも懐かしいな.

そして現ダイエー三宮駅前店.1990/4開店当初はプランタン神戸でした.


入居するサンシティビルのあった場所には以前二ノ宮商店街がありました.問屋街的な存在でした.私が覚えてる限り2回不審火があり大きな火災となり再開発が始まりました.
震災後,壊滅的被害を受けたダイエー村店舗を集約する形で三宮駅前店として1995/4にオープンしました.


プランタン三宮(1981/3開店).ダイエー系百貨店,オ・プランタン・ジャポンの1号店としてオープンしました.ポートピア時に整備された三ノ宮駅ターミナルビルに開店しました.
震災後OPA三宮として開店,現在も営業中.

などと思い出に浸りながら三宮交差点.


ダイエー三宮各店を網羅したつもりが第6店,スポーツワールド33を忘れていたことに今気づきましたw ストリートビューでどうぞ.
今はダイエーから経営分離されダイソーやブックオフ,ニトリなどが入居しスポーツフロアは僅かですがまだ営業中です!

ダイエー村 by 鳥瞰図を描きましょう♪・美し都 神戸から
鳥瞰図作家の青山大介氏のwebページです.震災直後のダイエー村の雰囲気がわかります.


ではまた.
2014/10に散歩

2014年10月18日土曜日

彦根さんぽ いよいよ城下町へ

彦根さんぽもいよいよクライマックスw 前回までの模様はこちらで復習にゃ!


ではいよいよ城下町に向かってゴー!

かなり緑化が進んだ物件.気になります.

ジブリ映画ならここに引越して来て丸一日かけて掃除をしている間になぞの生物の一つや二つに遭遇しそうな勢いです.
テントには「かしわ」と.焼鳥屋さんか何かだったのでしょうか.窓ガラスの装飾もいい感じ.


アーケード付きの商店街.地方都市の中心街といった面持ち.
この通りは昔の外堀を埋めた通りのようです.

彦根城外堀の痕跡をたどる
http://www.geocities.jp/tomtohiro/OhmiHikoneSotobori.html
彦根城外堀マップ by まち遺産ネットひこね
http://www.geocities.jp/machiisan_hikone/burahikone/2sotobori.htm

町には書店も健在.


ビルを貫通する道路.刑事ドラマで逃走する車は必ずこういうとこへ入って行きますよね.


懐かしい看板 小学館の学習雑誌 いなかっぺ大将にニャロメ!


俳遊館 1924(大正13)
元は彦根信用組合本店.今は俳句関連の資料館&観光案内所的なところ.

裏側は一部下見板張り.


素敵な階段.

親柱.



元銀行だけあって階高が高い気がする.

吹抜けを見下ろせるソファ.



どこの町でもそうですが町名が変わって行くのは頭の痛い話です.


ダンボー風な植木鉢を発見.きゃわいい.

堀に沿って西に進みます.

和風教会スミス堂 1931(昭和6)年
彦根の宮大工,宮川庄助が協力して建てた和風礼拝堂. 2006年に現在地に移転再築.



和風ぽいんですが細部の意匠に教会の要素がありあました.欄間にぶどう.

移築した現在の場所からは彦根城がまっすぐ見えます.

NPO法人 スミス会議
http://smith-meeting.com/



さらに琵琶湖の方にぶらぶら行くとレトロな看板.レート白粉 特約店とあります.
レート白粉とは平尾賛平商店(1878設立-1954廃業)の製品のようです.

レート白粉のはなし by 「ヘルシーカフェのら」へ行こう
http://blog.zaq.ne.jp/healthycafenora/article/177/

作曲家・歌手の平尾昌晃がレートの二代目平尾賛平の孫だそうです.
らぁーぶれたふろぉむ きゃなーだー♫


格子の美しい物件.

六角形の防火水槽でしょうか?


旧広田家住宅(彦根市指定文化財) このあたりは江戸時代下魚屋町といい広田家は魚問屋を営んでいたそうです.付属屋の鬼瓦に安永7(1778)年の刻銘がありその頃の建築と思われます.(彦根市教育委員会の看板より)


彦根モータース



彦根地方気象台 1932竣工


陵水会館 ヴォーリズ建築事務所の設計で1938年竣工
彦根高等商業学校(現滋賀大学経済学部)の同窓会館として建てられました.

壁のぼこぼこもいい感じ.


木立の中にあるのがまたいいですね.

額縁風のタイル装飾.


見上げたところ.

足元のちっこいタイルもかわいい.



煙突の基部にあるのは吸気口でしょうか?


建物正面のすぐ前にある噴水池も素敵です.


滋賀大学は現役校舎も緑のタイルで色彩が統一されシックな感じ.



滋賀大学経済学部講堂(旧彦根高等商業学校講堂).1924(大正13)年建築.



窓廻りや土台部,竪樋も含めてミント色が素敵.





門や門衛所が案外古いことが多いんですけど,ここはどうでしょうか.

とぶらぶらぶらと彦根駅まで帰ってきました.

駅前のロータリーに立っているのはおそらく井伊家の武将さんだと思いますが,私にはもう立派なひこにゃんにしか見えません.

なかなか見所いっぱいの彦根の町でした.ではまた.
2014/8に散歩

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