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2020年12月17日木曜日

我孫子の会館とメリヤス工場跡をぶらぶら行ったよ

ここは御堂筋線あびこ駅.多分,ここで乗り降りするのは初めて.御堂筋線で数少ない未乗降駅でした.残るは新金岡駅だけです.いつか訪れる日はくるのか?
駅前にはスクランブル交差点.

地下鉄あびこ中央商店街 あびんこ.

ととととっと歩いて行くと気になる扉が! 

何者が出入りするのでしょうか?
あびこ観音の塀でした.

ひとり・ふたり・みどりのプランターを発見.

素敵な下見板張の建物が現れました.

我孫子会館 

1945年竣功

エントランス

今度はアジトっぽい建物を発見.

しばし行くと,レンタルスペースipponbariに到着.
この日は8人の写真家による個展が開催されていました.

「8個の部屋と8人の写真家、それぞれのひかりが個に集う」

入口

室内空間.中央部のホール.

床は板張り.

壁は腰壁仕上げ.

周囲の個室でそれぞれ個展が行われていました.

篠原一夫 個展「西成区」を中心に楽しく拝見しました. 
写真は篠原カメラの篠原さん.

「大阪ラーメン」2Fの扉も気になります.

会場のipponbariは元,メリヤス工場の建物を利用したレンタルスペースです.
レンタルスペース「ipponbari」 https://ipponbari.jimdofree.com/
型板ガラス障子の木枠窓,窓台も人研ぎです.

レトロな物もいろいろ残されていました.
赤ちゃん用のはかりは,象さんが測ってくれます.

かごの底にはママーミルク.
土間の流し部分.吊戸はつくりつけの木製.

鏡は落として欠けてしまったからか逆さに吊るされています.嘉田忠ゴム製作所.

踏み台.うちの実家にもこんな踏み台がありました.

これは何の道具でしょうか.ひょっこりさん兄弟.

ガリ版.当時はこれで報告書や書類を作っていたのでしょうか.

周辺のスポットマップがありました.

外向けの窓っぽい感じのところにも部屋が.後から増築された部分でしょうか.

床下点検口or収納用でしょうか.床があいていました.

床下にはいつ潜り込んだのか,一つのボールが.

吉永小百合ちゃんが手招きしてくれました.

分銅の秤.

ゼンマイ式時計の文字盤.

ビスコの缶.

レトロ扇風機.

楽しいイベントでした.外から型板ガラスのきらめきが美しい.

ではまた.
2020/11に散歩

篠原さんの個展「西成区」は場所を変えて篠原カメラの本拠地,昭和町・昭南ビルの階段室壁面で展示されます.
2020/12/18-2021/1/31


2020年12月9日水曜日

閉館した神戸市役所旧本館へ最後のさんぽ

神戸市役所旧本庁舎2号館は2020/3/19に閉館しました.
そんな神戸市役所で「神戸市役所本庁舎2号館パネル展」が行われていました.旧本館へ入れる最後のチャンスでしょうか.

この庁舎が完成したのは1957年.当時のできごとはこんな感じ.

それ以前の庁舎も紹介されていました.
1.初代の庁舎は兵庫区東川崎町(現,中央区相生町)にあった神戸区役所を使用.1889/6/21開庁.
1878年の郡区町村編制法に基づく神戸区の区役所でした.跡地は長らく神戸海員会館(2005/3閉館)でしたが現在はベルコ神戸駅前ホールとなっています.

2.生田区(現,中央区)橘通1に市庁舎を新築(1909/12/18).現在の神戸地方裁判所の隣,神戸地方検察庁の場所.

3.1945/9/1,戦後分散していた市役所を集約し兵庫区松本通1の市立第1高等女学校(現在の湊川中学の場所)の校舎と隣接する勧業館(現在の兵庫区役所)に移転.

4.生田区(現,中央区)加納町6の東遊園地の現在地に本庁舎を1957/4/26,新築.

旧庁舎の位置を記した地図.

正面立面図 設計は日建設計

1F事務室

1F事務室 窓

1F床

この部屋には建築指導部がありました.私も何度かお世話になりました.

床に各窓口への矢印が残っています.

竣工当初の1Fのこのフロアには会計室や金庫等があったようです.
1Fロビー裏手にはタイプ室なんてのもありますね.タイピストという職業が花形だった時代でしょうか.戦後の映画のヒロインはタイピストが多かったですね.
丸の内の会社に勤めるタイピストという設定は戦前の小津映画から高度成長期前半くらいまでの映画にはよく見られた気がします.もう絶滅した職業でしょうか? 

オフィスで働く女性の元祖!「職業婦人」の歴史に迫る(前編) by なつかしのオフィス風景録 大塚商会
タイピストは,1920年代くらいが黎明期だそうです.

市庁舎着工前の東遊園地.南東側から.

北西側から.元はテニスコートだったんですね.
市電が走っているのが旧生田川の川跡の滝道(現 フラワーロード).市電の左の5F建てくらいのビルが神戸ビル(現 大和ハウス工業神戸支店).神戸ビルの向こう側は進駐軍接収地であるイーストキャンプ.
神戸ビルは「進駐軍」接遇施設を目的とした「遊郭地帯」に兵庫県保安課によって設定されていました.(村上しほり「神戸闇市からの復興」慶應義塾大学出版会(2018) p.94)
イーストキャンプの接収解除は最終的には1956/12.市役所本庁舎竣工の半年弱前なんですね.

1955/3/4の現場.土砂を排出している現場写真.敷地南側から.背後にそごう神戸店(現 神戸阪急)が見えています.そごうはまだ当初の三宮阪神ビル(1933)部分だけの頃.

1955/8/12の現場.敷地の向こうに見えている白い建物は三和銀行(現 三菱UFJ銀行三宮支店).その向こうに鉄骨が立ち上がっているのは建築中の神戸国際会館.市役所より少し先行して建設が進んでいたことがわかります.
この三和銀行は見覚えのある建物ですが,いつの間にか建て替えられていました.

詳細不明物件 05 ー旧三和銀行 三ノ宮支店ー by 近代建築図鑑 Memories of Kobe 
1937には存在,1989/4頃解体とあります.

さらに建設が進む神戸国際会館.拡大するとその背後に,そごうの右側に増築工事も行われているのがわかります.

1957/4の市政だより.「新庁舎ついに完成」の写真.
神戸国際会館(1956)も完成している.そごう神戸店の増築部も完成しているように見えます.
さらに背後には神戸新聞会館(1956)も出来上がっています.

新庁舎の案内図.屋上には花壇や展望台もあります.

北面.花時計も見えます.庁舎開庁の1957/4/26から時を刻み始めています.
花時計は2018/12/3移転のため撤去開始.2019/3/28から移転先の東遊園地最南端で稼働再開.


庁舎,南面.左手前は議事堂.1989年にこの議事堂部分に市役所1号館が建ち,それまでの本庁舎は2号館と呼ばれるようになりました.

神戸国際会館からみた市役所本庁舎.

1995年の阪神淡路大震災による被害
2号館の南から1号館への渡り廊下が崩落している.2号館,上層部が圧壊しているのもわかります.

1995年の阪神淡路大震災による変化.庁舎の5F以上を撤去し,新たに5Fに増築している.1996/3/15から2号館で業務再開.

エレベーターは既に休止中.

1F廊下

2Fへの階段の踊場から.

3F以上へは立入禁止.

2F北端の事務室.やっぱり窓口があると役所感が倍増しますね.

休憩室として開放されていました.

ちっちゃい窓口にも防炎カーテン.

震災後建て替えられた神戸国際会館が窓から見えます.

おっ! そろそろ退勤時間ですね!!

照明のスイッチ.「勤務中点灯」「このスイッチの節電担当は会計室管理担当」

この2Fフロアの北部分は,竣工当初は農政局や港湾局がありました.

2F廊下

吹抜けの玄関ホールを見下ろす.

一角には冷却飲料水装置も.

1Fエントランスの定礎部分が開けられていました.

定礎部分に収納されていた品々が展示されていました.
5千円札,1万円札が発行されるのはそれぞれ1957/10,1958/12なのでタッチの差でまだありませんね.そうしたことを含めて,戦後日本の復興が軌道に乗ってくる時期だったということがわかります.初めてもらったお年玉が,百円札だったのを思い出しました.


解体の決まった旧本庁舎に壁画を描くプロジェクトが完成していました.
庁舎南面の壁画.

南面1F部分.

庁舎北面.

庁舎北のクーリングタワー.花時計のあった場所に設けられています.
こうのとりは兵庫県の県の鳥,あじさいは神戸市の市民の花ですね.左面にはタンタンも!

ではまた
2020/10に散歩

「アートは不要不急か」は愚問,解体予定のビルに巨大な壁画 by Lmaga.jp
解体される神戸市役所2号館 最後の壁画が完成 by 神戸新聞 

過去の記事から
・さらば,神戸市役所2号館